(図:Amazon Annual Reportより)

早稲田大学人間科学部eスクール
「インストラクショナルデザイン」期末レポート
『早稲田大学人間科学部マンガ科学科』設立趣意書

 今回のレポートは、前回と同じく、早稲田大学人間科学部eスクールに入学直後の2005年度春学期に受講した「インストラクショナルデザイン」という科目の期末レポートです。

 課題は、「あなたがどこかで(実際の職場でも架空でもよい)何かを教えるあるいは訓練する仕事を請け負ったとして、誰に何をどのようにして教えるかを設計し、それを記述してください」というものでした。

 そこで思いついたのが、「早稲田大学人間科学部マンガ科学科」という架空の学科を設置することでした。そこで、これも架空の設立趣意書を書き上げ、レポートとして提出しました。

 前回の事前レポートとは違い、インストラクショナルデザインの講義を一通り受けてから書いたものなので、行動分析学(技能スキル育成)、認知心理学(認知スキル育成)、状況的学習論(態度スキル育成)などの心理学をベースにしたカリキュラムになっているようです。

 さらに言うなら、いま教員をしている京都精華大学マンガ学部マンガ学科キャラクターデザインコースでも、この架空の「マンガ科学科設立趣旨書」に書かれている内容を「理想」とし、目指しています。


早稲田大学人間科学部マンガ科学科設立趣意書

人間情報科学科:菅谷 充

(本レポートは、早稲田大学人間科学部に「マンガ科学科」が設立されたら……という前提に基づき作成された架空の学科設立趣意書である。そのままパンフレットに使用するという前提で執筆した文章であるため、文体も「ですます」調でまとめることにした)


【1】設立趣旨

 太平洋戦争終結から60年が過ぎ、21世紀に入ってから5年が経過した現在、日本の産業および文化の構造は大きく変わり、国家としての有り様まで大きな変貌を遂げつづけています。元来、貿易国家として成長してきたわが国は、鉄鋼、造船といった重工業製品の輸出国として成長し、その後、自動車や家電、半導体などのサイズが小さな製品の輸出国に変わりました。

 そして21世紀に入ると、アニメ、ゲームといった著作物(コンテンツ)が、わが国の主要輸出品目に加わり、その輸出量・輸出額は、年々、増加の一途をたどっています。たとえば2004年度の貿易統計では、コンテンツ産業の輸出額が鉄鋼製品の5倍にも達するまでになりました。そのため政府もコンテンツ産業を従来の工業製品に替わる21世紀の基幹産業と位置づけ、内閣府にコンテンツ戦略会議を常設したほか、著作物を扱う主管官庁も従来の文部科学省(文化庁)に経済産業省が加わり、多角的なコンテンツ産業育成の支援をおこなうようになりました。

 コンテンツ産業は、ロボットなどの自動化を進めてきた既存産業に比べると、圧倒的に「知財」に依存した産業です。「知財」を生み出すのは、もちろん人間であり、コンテンツ産業の育成とは、すなわち人材育成を意味してもいます。

 このような考えがベースにあるのか、政府だけでなく、経団連や経済同友会といった経済界までもが、コンテンツ産業を支える人材の育成支援を開始した関係で、この1、2年の間に、多数の4年制大学、短期大学、専門学校が、マンガやアニメ、ゲームなどのクリエイター養成を目的とする学部、学科を新設するようになりました。

 しかも、現在、伸び盛りのビジネスが背後に控えているせいか、どの大学、短大、専門学校でも、これらコンテンツ系(メディア系)の学部・学科は、定員の数倍から十数倍という多数の入学志望者を集めています。少子化の影響で定員に満たない学部、学科、コースを抱える大学、短大、専門学校が多いなか、突出した人気を集めているのは間違いありません。

 そのような状況に鑑み、わが早稲田大学でも、コンテンツビジネスで活躍する人材を育成すべく、その第一歩として、所沢キャンパスの人間科学部内に、新たに、マンガ科学科を創設することになりました。

 皆さま、ご承知のとおり、早稲田大学では昔から数多くの文学者(作家、詩人など)を輩出して参りました。とりわけ小説の分野においては、2005年度上半期直木賞の候補者7名のうち5名が早稲田大学卒業者だったことでもわかるとおり、多くの実作者を輩出していることで知られています。また、出版界は早稲田大学出身者によって成り立っているといってもおかしくないほどに、多くの卒業生が活躍しています。これも創立以来の学の独立と進取の気風の伝統があったからこそと自負しているところです。

 新設のマンガ科学科は、この早稲田の伝統の上に、また新しい21世紀の伝統を築くさきがけとして誕生した学科です。「科学」という名のとおり、ただ実作者を育てるだけではなく、マンガというメディアの科学的な解析をはじめ、デジタル時代、IT時代にふさわしいマンガのあり方についても、深く考察することを目的としています。

 同時に、所沢キャンパスには、産学協同のスタジオを建設し、国内外に向けた新しい日本のポップカルチャー発信基地にする予定です。

早稲田大学人間科学部マンガ科学科は、
プロ中のプロとして通用する人材を
育てることを約束する。
クリエイターとして羽ばたく夢を抱く若者よ!
所沢に集え!
いま、世界が君を待っている!

【2】インストラクショナル・デザインと心理学をベースにした実践的カリキュラム

 現在、他の大学、専門学校のマンガ学部、マンガ学科の多くが、プロのマンガ家養成を目的としたカリキュラムを組んでいます。

 しかし、マンガも含む雑誌と書籍を中心とした出版業界の現状を見れば、かつては娯楽メディアの寵児であったマンガも、全体としては凋落の一途をたどる傾向にあり、マンガ家も余りはじめているという現実があります。そのようなとき、従来の出版を前提としたマンガ家の育成をしても、職業人として生計を得られる保証はありません。

 当マンガ科学科では、プロのマンガ家を養成する一方で、「マンガの面白さ」を解明することにより、マンガの持つ娯楽コンテンツとしてのエッセンスを、出版業界はもちろん、アニメ、ゲーム、IT、広告、放送、映画を含む幅広い分野で活用できる人材の育成も視野に入れたカリキュラムを組んでいます。

 マンガを教える大多数の大学・専門学校では、学生が作成した課題作品に講評を加えることが授業の中心になっています。それに対し、当マンガ科学科では、早稲田大学人間科学部で培ってきたインストラクショナル・デザインと心理学を授業に導入し、より効率的に、かつ、高い技能を習得できるカリキュラムを組んでいるのが特徴です。

 早稲田大学の第一文学部、第二文学部(2007年からは文学部、文化構想学部)でも、おもに文学系、映像系で、多くの人材を輩出してきましたが、いずれも「作家主義」をベースにした教育を実践しています。人間科学部マンガ科学科においては、コンテンツビジネスを「産業」とみなし、より大きな収益を得られる会社単位、チーム単位の創作者集団を育てることを目標にしています。その教育方針の違いは、「文学部=教育学中心主義」、「人間科学部=教育工学中心主義」ともいえましょう。文学部系の作家養成方針が、個人の作家を育てることを主眼とするのに対し、世界をマーケットと考える人間科学部のマンガ科学科では、心理学とシステム工学をベースにしたチームによる作品づくりをめざします。

【3】在学中からプロになることも可能

 マンガ科学科では、在学中の学生のアルバイトやプロデビューも支援します。学生の作品集を編纂して出版社に送付するほか、提携した出版社、マンガプロダクション、アニメ会社、ゲーム会社などの求人窓口をキャンパス内に設け、アルバイトの斡旋、作家としてのデビューの支援もおこないます。

 また3期目を目標に、教員と講師を中心としたマンガ、アニメ、ゲームの制作会社を起業し、ここでマンガ、アニメ、ゲームの業務を受注する計画も立てています。腕に自信のある学生なら、在学中から経済的に自立することも可能となるでしょう。

【4】カリキュラムの概要

 インストラクショナル・デザインと心理学をベースに、1年次は行動分析学を応用した「しつけの期間」、2年次は認知心理学を応用した「自立の期間」、3年次は状況的学習論をベースにした「コミュニティ(チーム)参加の期間」、4年次は、それまでに学んだ総合的な知識と経験を活かした「実践の期間」となります。

 マンガ家、アニメーター、ゲームデザイナー、メディアプロデューサーなど、個々の学生が掲げた「ゴール」を目標に、各年次の科目単位獲得という「タスク」をクリアするために、科目ごとに細かな「オブジェクティブ」を設定して、階段(ステップ)を一歩一歩上がっていきます。

【5】カリキュラムの詳細(シラバス)

    ◆必修科目:1年次~
  • 『英語IA&IIA/英語IB&IIB』
     マンガ、アニメ、ゲームは、いま世界がマーケットです。最低、英語でのビジネス・コミュニケーションができるよう、毎週5時間ずつのカリキュラムを組んでいます。TOEICで650点が取れないと再履修になります。
  • 『統計学I/統計学II』
     日本では、マンガやアニメなどのコンテンツビジネスにおいて、マーケッティングや消費動向といった概念が採用される機会は多くありませんでした。その理由は「安いメディア」であったからです。しかし、世界がマーケットになれば、市場調査や受けるキャラクターの研究も必要になるでしょう。そのような調査研究のために必須になるのが統計学です。
     また、マンガのコマ割り、構図、セリフの文字数など、具体的な題材を統計学で解析することにより、マンガ表現における王道や意外な表現などが見えてくるはずです。
  • 『基礎心理学I』
     いかにして読者の注意を引きつけ、いかにして読者に物語やキャラクターを理解してもらうか。これまで日本のエンタテインメント業界では、経験と勘が作品づくりの基本であり、徒弟制度による伝承で作品づくりの「コツ」が受け継がれてきました。
     しかし、「なぜマンガが面白いのか?」といった疑問に対する研究は、技法に関するものはありますが、心理学からの研究は、これまで行われてきていません。
     多様な心理学の基礎を学ぶことで、面白いマンガ(アニメ、ゲーム)の共通要素がわかれば、ヒット作を生み出すことも容易になります。とりわけマンガやアニメは、人間の情動に訴えることの多いメディアであるため、人間を知る学問である心理学の受講は必須の条件となります。。
  • 『体育I:ジョギング、ウォーキング』
  • 『体育II:水泳、アクアビクス』
  • 『体育III:ワークアウト、筋力トレーニング』
  • 『保健I:栄養学』
     高い創作意欲を支えるもの――それは健康です。健康な身体なくしてハイレベルの創作を長期間つづけることはできません。1年次から毎年最低1科目以上が必修となります。栄養学では、栄養価の高い食事、サプリメントについての講義をおこないます。
    ◆選択科目:1年次~
  • 『作画技法1:人物クロッキー&デッサン』
  • 『作画技法2:静物デッサン&背景』
  • 『作画技法3:ペン画テクニック』
     絵を描いた経験の有無は問いません。「キャロルの時間モデル」によれば、誰でも5,000時間の学習をつづければ、プロレベルへの到達が可能です。マンガ、アニメ、ゲームの作画を必要とするコースを選択した学生は、1週5日間、毎日4時間ずつを「作画」関連の授業に当てます。大学開講期間中は、毎週20時間×40週=年間800時間を作画系の時間に充てますが、さらに課題や自主作品などで、年間800時間から1,000時間が作画系に費やされると推定しています。その結果、早い学生は3年次の終わり頃には5,000時間を費やすことになります。あきらめずに、これだけの時間を費やせば、プロとしてやっていけるだけの作画技術が身につきます。
     作画技法関連の授業は、行動分析学に基づき、「身体で憶える」ことを目標にしています。そのため、1年次における授業は、相当ハードなものになります。教室での授業中は、その場で講師が作品のチェック(即時フィードバック)をします。納得がいかなければ教室に居残って作画の練習に当ててもかまいません。教室は24時間オープンしています(年末年始、機器点検期間のみ閉鎖)。
  • 『作劇技法1:小説の要約』
  • 『作劇技法2:映画の要約』
     小説は年間200冊、映画は年間200本を最低ノルマとし、それぞれのストーリーの要約を課題として提出します。題名、主要登場人物の名前、性格、基本設定を定められたフォーマットに記入し、物語の要約を800字以内にまとめます。
     これも行動分析学にもとづいたカリキュラムで、読解力、要約力を鍛えるためのトレーニングです。「ダイジェスト力」は、作品の企画書執筆やプレゼンテーションには欠かせない技能です。慣れないうちは苦痛に感じるかもしれませんが、数をこなすうちに「物語の構造」も見えてくるはずです。
     小説、映画のDVDは、図書館に大量に用意されています。競って借り出してください。
    ◆選択科目:2年次~
  • 『基礎心理学II』
     行動分析学、認知心理学、アドラー心理学などについて学びます。
     人気の高い娯楽マンガは、読者に考える暇を与えない激しさ、スピードを伴い、かつ読者が考えなくてもすむ「ローラーコースター型」のつくりになっています。読者に余計なことを考えさせない、有無を言わせぬ「断定的なメディア」ともいえましょう。ハリウッド映画に代表される超娯楽作品は、読者(観客)を信頼せず、作者の側で読者(観客)を一方的にリードし、コントロールしていきます。そのような意味では、きわめて行動分析学的な創作法ともいえましょう。
     その一方、読者のリテラシーを信頼し、コマの間を読んでもらう(想像してもらう)ような作品は、作者に対し、強い信頼感を持ってもらうことができます。このような作者主義的(文学部的)な作品については、認知心理学が役立つことでしょう。
     また、「少年ジャンプ」「コロコロコミック」に代表される少年向けマンガ――つまり「友情、努力、勝利」という少年にとっての普遍のテーゼを掲げたマンガ、あるいは児童向けの学習マンガをめざす人は、アドラー心理学を学ぶことで、子どもたちに勇気を与える豊穣な作品を生み出すことができるようになるはずです。
  • 『マンガ表現技法I』
  • 『マンガ表現技法II』
     マンガのコマ、セリフ、擬音、汗――などのマンガ独自の表現技法(記号)について学びます。これらの記号がマンガになかったとき、マンガのイメージは大きく変化します。記号の有無によってマンガの印象がどれだけ変わるかを、他学科の学生にアンケート調査して確認します。
     また、ストーリーマンガにおける読者の視線誘導、時間の経過、シーンの移動が、どのような意図のもとに使用されているかを学びます。また、一般読者がマンガをどのように読むかをアイカメラを使って確認します。
  • 『デジタル作画技法』
     画像編集ソフト、コミック専用ソフトを使ったマンガ原稿製作の技術を学びます。
  • 『作劇論』
     映画やテレビの脚本家が講師となり、ドラマ作りの基本とシナリオの書き方を学びます。「起承転結」「序破急」といった構成の基礎から、ドラマに緊張感をもたらす「Conflict=劇的対立, 葛藤」、人物配置などの物語構造について学びます。
  • 『演出論』
     著名な映画監督やドラマの演出家が講師となり、ドラマの演出について指導します。また、ベテラン俳優が講師となり、学生に演技指導もします。肉体を使って喜怒哀楽を表現する経験が、マンガやアニメ、ゲームのキャラクターを動かすときに、必ず役に立つことでしょう。
  • 『データマイニング(資料収集と取材の技術)』
     物語を作るときには舞台となる世界や社会、登場人物の職業などについての資料収集や取材が欠かせません。「インターネットの検索エンジンやオンラインデータベースの使い方(論理式を使った検索法)」「図書館や古書店、ネット書店の利用法」「取材の方法」などを、プロのサーチャーやジャーナリストから学びます。
  • 『著作権法』
     コンテンツビジネスに不可欠の知識です。パロディが許される範囲などを欧米諸国の著作権法と比較しながら学びます。
  • 『マンガ社会学&経済学』
     メディアに作品を発表することの意義と責任について、また、マンガをはじめとするメディアのギャランティの仕組み(原稿料、印税)や税金について学びます。
    ◆演習:3年次~

     3年次からは、教員、講師、学生による創作チーム(少年マンガ、少女マンガ、青年マンガ、児童マンガ、学習マンガ、アニメ、ゲームなどのジャンル別に結成されます)に参加し、作品を製作します。出版社、編集プロダクション、マンガ家を招き、どのような作品が求められているのかのレクチャーも受けます。

     このような状況的学習論をベースとした活動を通じ、同じチームの仲間内のコミュニティだけでなく、プロが参加する専門家コミュニティの一員となることが可能になり、同時に「業界」の「真性の文化」にも触れることもできます。学生は、自分の置かれた位置やアイデンティティを確認し、さらに高みを目指すモチベーションを得ることができるでしょう。

     なお、1期生が3年次になるのに合わせ、当大学、出版社、マンガ家プロダクション、テレビ局、映画会社、玩具メーカーなどの共同出資によるスタジオを起業し、実際に出版の対象となる作品を送り出す準備もしています。

    ◆卒業制作:4年次~

     卒業制作は卒論に充当します。チーム、または個人で作品を製作し、完成した作品のダイジェストが作品集にまとめられ、出版社などに配布されます。また、出版社、アニメ会社、放送局、広告代理店、映画会社などを対象とした作品発表会が開かれ、作品と作者売り込みのためのプレゼンテーションができます。

     なお、マンガ家、アニメ作家といったクリエイターではなく、編集者、プロデューサー、教員などの進路を希望する学生は、他学科の科目も受講し、単位に当てることができます。

     また、手がけたい作品のジャンルによっては、他学科の科目も積極的に受講することを推奨します(他学科の科目も受講しないと卒業までに必要な単位数を取得できません)。たとえば、学習マンガ、マニュアルマンガのようなコンスタントな需要のあるジャンルに取り組もうとする人には、インストラクショナル・デザインをはじめとする教育関連の科目の受講を強く推奨します。

【6】「卒業・即・就業」「授業がOJT」「飛び級」も!

 当マンガ科学科の最大の特徴は、従来の日本の大学にはない「実践教育」にあります。授業がOJTであり、在学中からデビューも可能なカリキュラムを組んでいます。卒業と同時にプロとして活躍できる人材を育成することが、マンガ科学科の目標でもあるのです。

 在学中にプロデビューを果たした場合は、飛び級扱いとして、単位が満たない場合でも卒業認定をする場合があります。

 マンガやアニメのクリエイターになるばかりでなく、ここで学ぶ科目は、ITコンテンツ、出版、広告といった分野でも役に立つことは間違いありません。

 当学科は、将来、映画、テレビ、アニメ、CGを含む映像全般に幅を広げ、コンテンツ全般を扱う学部になることも視野に入れています。ハリウッドに人材を送り込むことで知られている南カリフォルニア大学映画・テレビ学部のような存在となり、トコロザワを世界に向けたコンテンツの発信源としていくことを最終的な目標としています。

 以上